ORIGIN TRIP 2025 : ホンジュラス後編

ORIGIN TRIP 2025 : ホンジュラス後編

June 26, 2025

ORIGIN TRIP 2025:ホンジュラス後編

Santa Barbaraでの滞在を終えた私は、次の目的地マルカラへと向かいました。今回の旅で楽しみにしていた訪問先のひとつ――Fuglen Coffee Roastersにとって最も長いパートナーシップを築いているMarysabel CaballeroとMoises Herrera夫妻との再会です。滞在していたペニャブランカからマルカラまでは車で2〜3時間の道のり。午前の道路は空いており、いくつかの小さな町と美しい山々を眺めながら、思ったより早く目的地に着くことができました。

Marysabel CaballeroとMoises Herreraは、ホンジュラスを代表するコーヒー生産者として知られています。コーヒー農家に生まれたMarysabelは、国外の大学で学んだ後、コーヒー農園で過ごした幼少期が忘れられず、父親の反対を押し切ってコーヒー生産の世界に戻りました。一方、グアテマラ出身のMoisesは仕事でホンジュラスに赴任し、産地調査のため訪れたChinaclaの地でMarysabelと運命的な出会いを果たします。結婚後、彼女の父から土地を受け継ぎ、二人でコーヒー栽培を始めました。私たちFuglenとの縁は2016年、二人が渋谷の焙煎所を訪れた時から生まれました。

今回はお互いにスケジュールに余裕がなく、二日間の滞在で施設の視察やカッピング、買い付け銘柄の選定まで詰め込んで行いました。私がマルカラに到着した時も別のロースターが彼らを訪問しており、それぞれカッピングを午前と午後に分けて行うような忙しさでした。

到着後すぐ、Moisesに自宅の敷地内に作ったマイクロミルを案内してもらいました。今年新設したラボは、カッピングやサンプルロースト、ゲストとの交流を目的として作られ、塵ひとつ落ちていないピカピカのカッピングルームからは、Moisesの仕事へのこだわりと几帳面さが感じられます。マイクロミルには屋根付きで通気性の高いメッシュ生地のドライイングベッドや嫌気性発酵タンク、ゲイシャ品種の苗木を育てるナーサリーなど、さまざまな設備があります。Chinaclaという、Marcalaから程近い地域で運営しているベネフィシオ(精製所)と比べると小規模ですが、彼らが生産するコーヒーの中でも品質・取引価格ともに高いロットの大半がこの土地で生み出されています。というのも、彼らがコーヒーを栽培しているエリアは、より多湿で降雨量も多いため、適正なドライングを行うことが難しいからです。

今年の収穫について話を聞くと、厳しい現実が見えてきました。年始の大雨により、例年5月まで続く収穫が3月末には完了。集中した収穫期間は労働力不足を招き、ピッカーを確保することに例年以上のコストがかかったといいます。売り手市場になるとピッカーはより賃金の高い農園を目指すため、時には何時間もかけて別の街へ行くことも珍しくないそうです。日頃から地域で一番高い賃金を払っていた彼らでしたが、非常事態に周りの農家も賃金を上げたため、さらに上げざるを得ませんでした。また、雨が多かったせいでピッカーの集まりも悪く、収穫には想定以上に苦労したとのこと(雨が降ると働きたくないピッカーもいるそうです)。品質面では、降雨の間隔にばらつきがあった影響で乾燥工程が困難になった結果、ナチュラルの生産量が減少したそうです。

カッピングでは、私たちが長らく買わせてもらっているEl Pantanalという区画を中心にカッピングを行いました。フィルターコーヒーやエスプレッソなど、幅広い用途で淹れてきたEl Pantanalのコーヒーですが、産地で飲むと普段とは違った印象でした。より酸味がシャキッとしていて軽やか。私たちはよくドライフルーツのニュアンスを感じていましたが、フレッシュで少しハーバルな酸味の印象は、ジューシーな果汁や華やかな紅茶をイメージさせました。ここから日本に着くまでに、明らかにコーヒーの味わいが変化している——そう感じるカッピングでした。

カッピングの後、El Pantanalを案内してもらいました。森の中に昔からあったかのような姿をした彼らの農園は、今まで訪れた農園の様子とは少し異なる雰囲気でした。コーヒーツリーの間を歩きながら、ツリーのケアやMoisesのコーヒーツリーへの向き合い方を聞きました。彼らのコーヒー栽培の哲学は、「土地を元の姿に戻すこと」。コーヒーに限らず農業が産業化して以来、人間は森を切り開いて農園や畑を作っては広げていきました。ただ実際にコーヒーが健康な状態で質の高い実をつけ、またそれが続いていくには、農園を囲む生態系が整っていることが必要になります。つまり従来の農業の形では肝心のコーヒーツリーを長期間健康な状態に保つことができないというのです。多様な植物や動物が暮らす森は傷ついても自力で回復しています。しかしコーヒーだけが植えられた土地は、一度傷つくと自分の力では回復することができません。循環がないからです。そういったことに気づいた二人は、しばらく前から農園の環境=エコシステムを自然な形に戻していく取り組みに力を入れています。

その日は早めの夕食を取り、近くのホテルに泊まりました。翌朝は早く集合して、カッピング前の朝食にMarysabelの手作りバレアーダ(小麦粉で作ったトルティーヤに卵や豆、肉を挟んで食べる)をいただきました。話に夢中で写真を撮り損ねてしまいましたが、とても美味しかった!レシピを送ってもらって、日本でも作ってみようと思います。

その後、リクエストしていた別の区画のマイクロロットをカッピングさせてもらいました。私たちも何度か彼らのGeisha種をリリースしていますが、やっぱり本当に品質が高い。思わず即決したくなるようなコーヒーが何種類も並んでいました。収穫量が本当に少ないのが残念です。いくつかフィードバックをお伝えして選定を終え、Marysabelからは新しいブレンドロットの提案もありました。楽しみながらも果敢にさまざまなコーヒーを作っている二人なので、どのコーヒーにも期待が大きいです。

午後は二人が運営するベネフィシオChinaclaを訪問しました。ここでは中〜大規模のロットの精製が行われており、数十人の若者が熱心に働いていました。収穫したチェリーの果皮を選別〜発酵させてミューシレージを取り除く過程で使用されるパルパーやファーメンテーションタンクなどの設備は、可能な限り水の使用を減らすよう、さまざまな工夫がなされています。

特に印象的だったのは、施設全体が傾斜に沿って建てられていることです。一番上に収穫したチェリーを集める場所があり、重力を利用してコーヒーが下へと流れていく設計になっています。5年前までは大量の水を使用して、ホッパーからパルパー、そしてタンクへとチェリーやパーチメントを移動させていました。しかし現在は、スクリューを備え付けたパイプを導入することで、水をほぼ使わずに同じ工程を実現できるようになったそうです。この地域ではまだまだ豊富な水源にアクセスできるものの、未来に向けて水の使用を抑える必要があるとMarysabelは話します。

 また、持続可能性への配慮も徹底されています。精製工程で使用された水は、施設の最下部にあるサイロに集められ、濾過処理を経て上部に戻され、再利用される仕組みになっています。加えて、パルパーやファーメンテーションタンクといった全ての設備は、1日の作業終了時に必ず清掃が行われており、訪問時も非常に綺麗な状態を保っていました。奇を衒った発酵や特別な設備を設けなくても、基本に忠実な丁寧な作業こそが高品質なコーヒーを生み出しているのです。この姿勢に強く共感しますし、徹底ぶりに強い刺激をいただきました。

湿度が高く頻繁に雨が降るこの地域では、前述した通り、コーヒーの乾燥を適切に処理することが非常に困難です。そのため、ベネフィシオには巨大なメカニカルドライヤー(温風でパーチメントを乾燥させるドラム式の機械)が5〜6機導入されており、天候不順による乾燥工程の乱れから品質が下がることがないよう、積極的な設備投資が行われています。さらに、異物や規格外の豆を選別するためのカラーソーターも数台導入されており、建物の外観からは想像できないほどハイテックな印象の内部でした。このように段階的に高品質な選別作業を重ねることが、彼らのコーヒーをクリーンな味わいに保つ秘訣なのです。

短い滞在でしたが、二人から多くのことを学ばせてもらいました。いつも彼らのコーヒーを飲むたびに二人の顔が浮かびますが、会えば会うほど有り難みが増しています。気候変動、コスト上昇、労働力不足。コーヒー生産を取り巻く環境は年々変化しています。ここ数年でより変化の波が大きくなったように消費国の私たちは感じていますが、彼らにとって変化は常に傍にあった。どっしり構えて最善を尽くす彼らには尊敬の念が絶えません。
一杯の素晴らしいコーヒーには必ず生産者の努力と哲学が詰まっています。ジャーナルをご覧の皆様にも二人の様子が少しでも伝われば嬉しいです。今回のホンジュラス訪問は、サッカー少年がプロサッカー選手に会えた、そんな気持ちで過ごしていました。彼らは私たちのヒーローです。今年の収穫は夏〜秋には日本に到着予定。少しばかり先になりますが、楽しみにしていてください。



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