
ギセンブ・ファクトリーのコーヒーは、周辺に暮らす約1,500戸の小規模農家が、それぞれの畑で収穫したチェリーを持ち寄って作られます。1戸あたりの規模はコーヒーの木がおよそ250本、土地は1ヘクタールに満たないほどです。特定の農園や生産者の名前がつくコーヒーではなく、地域全体で作られたひとつのロットということになります。
ケニアの組合方式の面白いところは、これだけの数の畑から集まったチェリーが、受け入れ時の選別と精製の工程を通して、ひとつの品質にまとまっていく点にあります。ギセンブのカップに出ているのは、その積み重ねです。
ギセンブを運営しているのは、Thiririka Farmers Cooperative Society(ティリリカ生産者組合)です。組合はキガンジョ、ンドゥンドゥ、ギセンブという3つのファクトリー(精製施設)を持ち、本部はキガンジョに置かれています 。キアンブ郡では最大規模の組合のひとつと言われています。組合に登録している農家は約2,400名。そのうち約1,500名がギセンブにチェリーを持ち込みます。
組合の名前は、この地域を流れるティリリカ川に由来します。キガンジョ・ファクトリーはこの川から引いた水でコーヒーを洗っているそうです。
ギセンブ・ファクトリーが建てられたのは1969年と言われています。現在のファクトリーマネージャーは、以前ンドゥンドゥ・ファクトリーで15年ほど管理を務めていた方だそうです。

キアンブ郡は、首都ナイロビの北に隣接しています。ギセンブのあるガトゥンドゥの町までは直線でおよそ27km。首都から車で行ける距離に、標高1,600〜1,800mのコーヒー産地が広がっています。
このナイロビとの近さが、いまこの産地に大きな影響を与えています。都市圏が拡大するのに伴って、コーヒー畑は不動産開発に置き換わってきました。1986年から2014年のあいだに、キアンブ郡の農地はおよそ30%減少し、市街地は40%以上増加したと報告されています。ケニアのコーヒー研究所(CRI)も、農地が宅地に変わっていく状況に警鐘を鳴らしています。かつて広大なコーヒー農園が広がっていたティカ・ロード沿いは、現在は商業施設やアパートが並ぶエリアになりました。
相続のたびに土地が分割されていくことも重なり、1戸あたりの経営面積は1エーカーを切るところまで小さくなっています。§1 の「250本・1ha未満」という規模は、この流れのなかにあるものです。そうした環境で、いまも1,500戸の農家がコーヒーの栽培を続けています。
土壌は、養分と有機物に富んだ赤い粘土質です。ファクトリー周辺の年平均気温はおよそ20.5℃、年間降水量は1,400mm程度とされています。
ギセンブで栽培されているのは、SL28、SL34、Batian、Ruiru 11 の4品種です。いずれもケニアのコーヒー研究所(CRI)が認定した種子を使用しているそうです。
SL28 と SL34 は、1930年代に Scott Agricultural Laboratories が選抜した品種で、ケニアらしい酸の質をつくってきた系統です。ただし、どちらも病害には弱く、SL28 はコーヒーベリー病(CBD)にもさび病にも感受性が高いことが知られています。
Batian と Ruiru 11 は、その病害への答えとして育成された品種です。Ruiru 11 のリリースは1985年。1968年のCBD大流行でケニアが生産量の半分を失ったことを受けた育種プログラムから生まれました。Batian はさらに新しく、2010年のリリースです [FACT: World Coffee Research]。ギセンブでは Ruiru 11 を SL28 に接ぎ木して植えているという記述もありました。根は病害に強い品種を使い、地上部で風味を取るという考え方なのでしょう。

このコーヒーは、オスロの生豆輸入会社 Nordic Approach を通して買い付けています。ケニア側の輸出は Ibero Kenya です。ギセンブを買い付けるのは、今回で3回目になります。
ケニアのコーヒーは、Fuglen のラインナップのなかでも位置づけがはっきりしています。強い果実味と鮮やかなキャラクターは、ほかの産地では代わりの利かないものです。毎年初夏に入荷するため、私たちにとっては夏の始まりを知らせてくれるコーヒーでもあります。
ケニアには収穫期が年に2回あります。10月から12月にかけてのメインクロップと、5月から7月にかけてのフライクロップです。私たちが買い付けるのは常にメインクロップで、これが翌年の1月から4月ごろに入手できるようになります。
農家は熟したチェリーだけを手作業で収穫し、ファクトリーに持ち込みます。到着したチェリーは選別小屋のシートの上に広げられ、ファクトリーの基準に合っているかどうかを手作業で選別します。このとき受付のスタッフが立ち会い、選別が正しく行われているかを確認します。
選別されたチェリーはパルパーにかけられ、果皮を除去してパーチメント(内果皮のついた状態のコーヒー豆)になります。この時点でパーチメントは「ミューシレージ」と呼ばれる粘性のある層に包まれています。ミューシレージは大半が水分で、そこに糖分とペクチン(果実の粘りのもとになる多糖類)が含まれています。この層をどう分解するかが、コーヒーの甘さや酸に影響すると言われています。

ギセンブでは、水を張らないタンクにパーチメントを入れ、16〜24時間ほど発酵させます。チェリーや環境中の微生物が、ミューシレージを分解していきます。発酵を終えたパーチメントは洗浄され、川から引いた清水を張った別のタンクに移して16〜18時間ほど浸漬します。この浸漬(ソーキング)はケニアのウォッシュドの特徴で、発酵の副産物を洗い流し、クリーンなカップにするための工程だと言われています 。
洗浄チャンネルでは、比重によってパーチメントが P1、P2、P3、PL(Pライト)に分けられます。密度の高いものが P1 で、順に軽くなります。P1 は発酵から浸漬までの全工程を通り、軽い P3 は工程を省略してそのまま乾燥に回されます。
ここ数年、ギセンブのパーチメントの乾燥は、同じ組合のキガンジョ・ファクトリーで行われています。この地域ではコーヒーを狙った盗難が起きており、組合で生産するコーヒーを一か所にまとめて管理する措置が取られているそうです。
盗難はギセンブに限った話ではありません。同じガトゥンドゥ・サウスの別の組合ではパーチメント100袋分が持ち去られる事件が起きていますし、ケニア全体でも組織的なコーヒー窃盗が問題になっていると報じられています。産地が抱える課題のひとつです。
乾燥の準備が整ったパーチメント(水分値およそ55%)は、まずスキンドライベッドというメッシュを張ったベッドに移されます。ここで6時間から1日ほどかけて表面の水分を飛ばし、45%程度まで落とします。その後アフリカンベッドと呼ばれる高床式の乾燥台に運ばれ、ゆっくりと乾燥させます。日中の強い日差しと夜間はビニールシートで保護されます。乾燥期間は通常7〜14日ほど、天候によっては21日程度かかることもあります。
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