今年もコロンビアのエクスポーターFair Field Trading (F.F.T)と日本のインポーターSYU・HA・RIのサポートの元、ディディモ・グスマンからコロンビア種を買い付けました。昨年のLot同様ふくよかな甘みを持つコーヒーですが、今年のLotは果実味が非常に強く、もはやケニアのコーヒーかと思ってしまいます。鮮やかでハッキリとした酸味と深い甘みが調和した、飲みごたえのあるコーヒーです。
彼がコーヒー農園を持つガイタニアは、コロンビア・トリマ県の南のはずれにある集落です。県都イバゲからは遠く、ウイラ県とカウカ県に接する、アンデスの山ふところに位置しています。このあたりの山道は、雨が降るとぬかるみが酷く、半日かけて越えるような道だったと言われています。
ディディモ・グスマンの農園、ラ・ブラジリアは、その山のさらに奥、ロス・アルペスと呼ばれる集落にあります。ディディモは、この場所で生まれ育ち、20年にわたってここでコーヒーを育ててきました。12年ほど前には、ラ・ブラジリアへ続く道を自ら切り開いたそうです。それまで半日かかっていたプラナダスとガイタニアのあいだの移動が、1時間ほどに縮まりました。道は彼の農園だけでなく、近隣のすべての農場への行き来をよくし、地域全体に恩恵をもたらしたと聞いています。
ラ・ブラジリアのコーヒー区画は標高1,800〜1,900m、最も高いところで約1,900mに位置しています。ディディモの自宅は、そこから少し下った標高1,700mあたりにあります。このあたりの山は、ネバド・デル・ウイラ国立自然公園を構成する山域の一部で、プラナダスはこの公園にまたがる6つの自治体のひとつです。アンデス中央山系の高地で、昼夜の寒暖差があり、雲がかかりやすく、火山性の土壌に恵まれていると言われています。コーヒーがゆっくりと成熟する環境です。
農園では、サンベルナルド、カトゥーラ、コロンビアなどの品種を栽培しており、中でもコロンビア種が最も多く2万6千本ほど植えているようです。
ディディモは、コーヒーの木を健康に保つことに、こまやかに手をかける人です。4ヶ月に1度、木10本あたり120gの肥料をやり、3ヶ月に1度、雑草を取り除きます。必要なときには葉にも肥料を補うそうです。コーヒー農園全体の平均樹齢が1〜8年におさまるように、植え替えながら管理しています。
近ごろ彼が力を入れているのが、ブローカ(ブロッカとも)と呼ばれる害虫への対策です。ブローカはコーヒーの実を食害する小さな虫で、標高の高い農園でも被害が広がっていると言われています。ディディモは「Re-Re(Recoja y Repase、摘んで、また摘みに行く、の意)」という手法をとっています。過熟したもの、乾いたもの、地面に落ちたチェリーを丁寧に取り除き、ブローカが繁殖する場所を減らしていく方法です。この Re-Re は、コロンビアのコーヒー研究機関セニカフェ(Cenicafé)が推奨している防除法で、コロンビアの生産者の多くが取り入れているものだそうです。ディディモも、その地道な作業を欠かさず続けています。
カッピングはするのか、と尋ねると、ディディモはしないと答えました。「全部同じ味に感じる」のだそうです。それでも彼が品質に近づいていけるのは、カップで確かめる代わりに、畑での手入れと精製の一つひとつを丁寧に積み重ねているからなのでしょう。実際、カップの良し悪しについてのフィードバックを聞くと、それを次の収穫の精製方法に反映させようとしています。
ラ・ブラジリアは約16haの土地で、そのうち8haにコーヒーが植えられ、残りの8haは森林と保護区としてそのまま残されています。コーヒーには、グアモ(インガ)とセドロ(スパニッシュ・シダー)が木陰をつくり、農園内の湧き水が一年を通じてきれいな水をもたらしています。8haの森には鳥や小さな動物が暮らしていて、ディディモにとっては、この土地を守る意味を思い出させてくれる存在だそうです
「コーヒーと自然は、いっしょに育っていかなければならない」。それがディディモの強い信念だと言います。16haのうち半分を森として残すという選択に、その考え方がそのまま表れています。
最近、ディディモの10代の息子が、父と祖父の跡を継いでコーヒーづくりに入ることを選びました。ディディモは息子にコーヒーの木を植えた土地を譲り、その歩みを支えています。コロンビアのコーヒー産業では、若い世代が農業を離れていくことが課題のひとつと言われていますが、ラ・ブラジリアでは三世代目が育ちはじめています。
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