沖縄本島の北部、やんばるの森のずっと奥に、国頭村安田(あだ)という土地があります。ここでコーヒーを育てているのが、徳田泰二郎さんと優子さんのご夫妻です。
じつはお二人、もともとは東京の出身で、コーヒーの世界にいたわけでも、とりわけコーヒーが好きで始めたわけでもなかったそうです。安田に移り住んだ当初に育てていたのはパパイア。そのかたわら、100坪の畑に30本の苗を試しに植えてみた——安田珈琲は、そんな小さななところから始まりました。約8,000坪の畑で、ご夫妻二人で世話のできるぎりぎりの規模として、800〜900本ほどのコーヒーの木を育てていました。現在は昨年からの大幅なリノベーションで、ツリーの数はぐっと数を減らしています。
はじめて農園を訪ねたとき、そこはわたしの知っている「コーヒー農園」とはずいぶん違って感じられました。うっそうとした森(というよりもジャングル?)のなかに、コーヒーの木がすっと立っている。一見すると森の中にコーヒーが自生しているかのようでした。歩きながら、ここでコーヒーが育っていることが少し不思議に感じられたのを、いまでも覚えています。
徳田さんご夫妻がコーヒーを植え始めたのは、2008年ごろのことだそうです。最初の果実を収穫できるまでには、6年ほどかかったと言われています。そして2016年11月2日、安田珈琲は国際機関CQIの審査で84.67点を得て、「スペシャルティコーヒー」に認定されました。高品質なコーヒーだけに与えられる評価です。日本で生産されたコーヒーが、日本で初めてスペシャルティの認定を受けた瞬間でした。同じ2016年の1月には、JASオーガニックの認定も受けています。
栽培は「森林農法的有機農法(JAS認定)」です。森の生態系のなかにコーヒーを置くようなやり方だと言われています。農園ではコーヒーのほかに、はちみつ(アダ・ハニー)とカスカラも作っています。はちみつはコーヒーの花を蜜源にした自然養蜂のもので、カスカラはコーヒーチェリーを乾かしたものです。この土地の生態系の豊かさが、そのまま形になっているように感じます。もともと沖縄では難しいと言われてきた、複雑でフルーティなコーヒーを、この土地で作り続けています。

安田(あだ)は、世界自然遺産にも登録されたやんばるの森の、その奥にあります。伊部岳のふもとにある農園は標高が約170mで、コーヒー産地の話でよく出てくる「標高の高さ」で語られるような土地ではありません。土は「国頭マージ」と呼ばれる、やんばるらしい赤土です。粘土のような、ちょっと扱いの難しい土なのですが、時間をかけて有機質を足していくと、少しずつ山のふかふかした土に育っていくのだそうです。
この土地でコーヒーを育てるのは、二人にとってかなりタフなことなんだと話してくれました。ちょうど台風の通り道にあたっていて、日差しも強く、一年中強い風が吹く。木がひっくり返ってしまうこともあるそうです。理由のひとつはやっぱり土で、赤土は深くなるほど密度が高く硬くなって、コーヒーの木が根を張りづらいのだそうです。実際、自分の背丈より高く育った木でも、抜いてみるとほんの少しの根で踏ん張っていた、なんて話も聞きました。畑の水は、伊部岳から流れてくるきれいな水を使っています。雨が多くて、寒暖の差が大きいのも、この土地の特徴だそう。
標高が低いところで育つこともあってか、届いた生豆は密度が約700、水分値は11〜11.7%ほどでした。わたしたちが普段扱っている高地のコーヒーと比べると、密度はかなり低いほうに入ります。実際に焼いてみると、豆がはぜる音(焙煎中に豆が膨らんで鳴る「ハゼ」です)がほとんど聞こえず、「これは焦がしているだけなんじゃないか」と感じてしまうこともありました。

No.3
No.3は、2020年に生まれたロットです。嫌気性発酵気味のナチュラルの製法で、華やかでブランデーやトロピカルフルーツのような風味が特徴的です。私たちが最初にこのコーヒーを焼いたとき、密度が低くてなかなかハゼず、思い切って深めに焼いてみたところ、熟したトロピカルフルーツと、アルコールのような発酵の甘さ、しっかりしたボディが出てきました。深く焼いても中身がちゃんと残るのは、豆にポテンシャルがある証拠だと感じたコーヒーです。
赤チチ / AKATITI
赤チチ(AKATITI)は、沖縄の言葉で「暁」を意味します。クリーンで、ドライフルーツやナッツ、ブラウンシュガーのような豊かな甘みを持つコーヒーです。ほのかな酸もあり、クリーンカップとしての評価が付くのもよく分かる味わいです。派手ではないぶん、どう魅力を言葉にするか、飲まなければわからないコーヒーだと思います。AKATITI(アカチチ)は、沖縄の方言で夜明け=暁(あかつき)を意味します。 沖縄のコーヒーショップ、豆ポレポレ 仲村良行氏によって沖縄コーヒーの夜明けという想いを込め、名付けられました。朝日が昇る東海岸の農園、朝露の香り、これから始まる安田珈琲の物語を予感して。
安田珈琲の精製は、どちらも一般的なウォッシュトやナチュラルとは少し違います。ご夫妻は「収穫期に雨の多いやんばるでの安定した精製」と「収穫した果実の特徴を最大限引き出す精製」の二つをテーマに、精製に取り組んでいます。
赤チチ / AKATITI は、さとうきびの搾り機を改造したパルパーを使い、果肉を豆に揉み込んでいく方法で作られます。ディパルプした果肉と豆を一緒に揉んでいくと、やがて真っ黒なピューレのような状態になり、そのまま一緒に発酵させます。世界でもほとんど例のない精製なのではないでしょうか。工程としては果肉の一部を取っているためパルプナチュラルと呼ばれますが、果肉と一緒に発酵させているので、性格としてはナチュラルに近いところもあります。
No.3 は、果実を丸ごと乾かし、発酵の力で味わいを引き出していく発酵ナチュラルです。徳田ご夫妻は全ての工程においてコーヒーにつきっきり。コントロールが難しい発酵工程において、お二人がどのくらい気を配って精製されていらっしゃるのか、No.3を飲むとよく分かります。上品で綺麗な発酵感は過度な香りを持たず、コーヒーに美しく、それでいて確かにボディやレイヤーをもたらしています。私は発酵感の強いコーヒーは好みませんが、徳田さんのコーヒーだけはそういったコーヒーとは一線を画すと思います。

わたしが安田珈琲に出会ったのは、2016年のことでした。当時のフグレン代表の小島さんと、l'effervescenceの生江シェフを通じて、日本で初めてスペシャルティに認定された安田珈琲と、徳田さんご夫妻のことを知りました。
正直に言うと、そのときのわたしはまだ安田珈琲をよく理解できておらず、「味わいが分かりやすく果実っぽくで鮮やか、という意味での美味しいコーヒー」以外には、あまり興味を持てていませんでした。お二人がサンプルロースターを借りて焼いたものを、焙煎所で一口だけ飲ませてもらったのですが、「クリーンで美味しいかもしれないけど、フレーバーはあまり感じないですね」というような事を口にした記憶があります。
そこから5〜6年して、FUGLEN SANGŪBASHI(参宮橋)を開ける少し前に、あらためて手元にコーヒーが届き、はじめて徳田さんご夫妻に会いに、農園を訪ねました。その頃から自身も買い付けのために産地を訪れるようになっていて、日本人のコーヒー生産者に初めて会うことに異様に緊張していたのを覚えています。当時は主にアフリカに買い付けに行っていたのあってか、標高1600~2000m付近の土地と比較して、沖縄の気候でコーヒーを栽培することが少し狂気的だとも感じていました。
二年目に伺ったときは収穫がほとんどなくて、お二人ともかなり大変そうに、そして申し訳なさそうにされていました。そのときわたしたちは初めて、農作物としてのコーヒーはいつでも飲めるわけではない、という極めて当たり前の事をカラダとココロで経験しました。この時から私のコーヒーに対する価値観が少しずつ静かに変わりはじめました。年間数十トンのコーヒーを買い付けていますが、たった1杯でも、安田珈琲の不在は他のコーヒーでは埋められない。それは他のコーヒーにも共通して感じるようになりました。
前の年のお礼を伝えると、フグレンで安田珈琲を飲んだお客さんが、どれだけ喜んでくれたか。それがSNSや口づてで、ご夫妻自身のところにも届いていたと分かって、それがとても嬉しかったです。会って話すほどに、ここでコーヒーを育てようとしている二人そのものに、どんどん惹かれていきました。

(2025年の訪問(左)と今年の訪問(右))
あるとき徳田さんが、こんなことを話してくれました。
「僕たちは生産者とロースターという関係でもあるけれど、安田という土地でコーヒーが育っていて、それを面白い、美味しいと楽しんでいる、安田のコーヒーを囲んで輪になって座っている変な人たちのサークルなんですよ」。
そして、この楽しさを一緒に人に伝えていってほしい、と。その言い方がわたしたちにはとても素敵に感じられて、自分もそうありたいな、と思いました。肝心のコーヒーそのものも、コーヒーツリーなのか、土地なのか、はたまたその両方が成熟してきているのか、確実に味わいが変化してきていると思います。10年前の私が飲んだとしても、今の安田珈琲には明確にフレーバーを感じることができると思います。

安田珈琲は、価格の決まり方が、ほかのコーヒーとは根本的に違います。多くのコーヒーは、生産者が自分で「この値段で売りたい」と決められるわけではなく、市場(マーケット)の相場や、エクスポーターや農協を経由するなかで価格が決まっていきます。安田珈琲は、そうした国際的なマーケットとほとんど連動していません。農園を維持し、運営し続けるために必要な価格を、徳田さんご夫妻自身が決めています。私たちが仕事をしてきたなかでも、あまり例を見ない関係のコーヒーです。
私は最近、「コーヒーの美味しさやクオリティとは何だろう」ということをよく考えます。カッピングシートで高いスコアが付くのは、風味がはっきりしていて、複雑で、クリーンなカップです。それはもちろん本当に素晴らしいもので、土地の力や、生産者の努力の賜物です。ただ、同じように土地の力や努力が詰まっているのに、その評価の枠には必ずしも収まらないコーヒーもあるように感じています。安田珈琲は、派手なフレーバーで語られるコーヒーではないかもしれません。でも、日本の、沖縄のやんばるという土地で、この収穫量だからこそかけられる熱量と丁寧な仕事で育てられ、間違いなく高い品質を誇っている。このコーヒーのおいしさの理由を、私たちはまだ理解できていないのですが、それが私たちにはとても面白く、価値のあることに思えます。
徳田さんご夫妻は、「舌や鼻で感じる美味しさはもちろん、頭で考えることも越え、心にまで届くコーヒーを目指していきます」と話しています。私たちは、安田珈琲を「沖縄のコーヒー」という珍しさだけで届けたいわけではありません。徳田さんご夫妻が作っているコーヒーであることを伝えたくて、それがたまたま沖縄の安田だった、という順番でお客さんに届いたら、それがいちばん理想的だと思っています。


今年の収穫も限りがあり、FUGLEN参宮橋店では各種42杯という限られた提供となります。
来年、再来年ともっと沢山の方に飲んでいただけるよう、お二人は農園で日々取り組まれていらっしゃいます。私たちはロースター / バリスタとして、来年を楽しみにしていただけるような体験をお届けできるように努めます。
Add gift sender's name
The sender's name will be printed on the shipping label. (For shipments within Japan only.)